マイドリーム

学校生活

マイドリーム

薬剤師になりたい

薬剤師になりたい
総合進学コース1年/吉野明菜(山形市立金井中学校出身)

 幼少のころの私は体調を崩しやすく、よくお薬をもらっていました。お医者さんから預いた処方箋を持って調剤薬局に行くと薬剤師の方がお薬を調合してくださいます。そして薬剤師の方はお薬を渡すときに「お加減はいかがですか?」と一声を添えてくださいます。このように、お薬を通して人を気遣い、患者の心に寄り添っている姿を見て、私は薬剤師になろうと思いました。
 薬剤師の仕事は薬の調合が主ですから、薬の知識は当然必要です。しかし、それで十分とは思えません。薬をきちんと飲んでいるか、いないか。飲んでいないのはなぜか。飲んでどのように変化があったか、ないのか。感じていてもお医者さんには言えなかった情報などを薬剤師が聞き出せることもあるかもしれません。その一方で、医者との連携・意思疎適も重要なことだと思います。つまり、薬剤師は人とのコミュニケーションを伴う仕事だと思うのです。
 私は、学業はもちろん、人とのつながりを大切に生活したいと思います。常に貢任感をもって、相手を思いやることができる人こそ、本当の薬剤師になれるのではないかと思っています。

陸上自衛隊員になりたい

陸上自衛隊員になりたい
総合進学コース1年/増川碧仁(河北町立河北中学校出身)

 私は体を動かすことが大好きです。将来は体を動かす仕事に就きたいと小さいころから思っていました。中学生のとき、陸上自衛隊の仕事体験というものがありました。友達が参加するということもあり楽しそうだったので、私も申し込みました。
 自衛隊駐屯地という所は、いつでも自由に出入りできる場所ではないので、当日は中に入れるというだけで何ともいえないワクワク感がありました。しかし、自衛官の方から自衛隊員の仕事について具体的なお話を聞いたとき、物珍しさだけの高揚感は不謹慎だと反省しました。自衛官の仕事は「防衛活動」「緊急救助活動」「国際平和協力活動」の3つです。国のために、人々のために、体を使って貢献できる仕事にとても興味をもちました。
 東海大学山形高校からは、毎年多くの先輩が自衛官に合格しています。私も自衛官になって、社会貢献や国際貢献ができる人間になりたいと思います。

スポーツトレーナーになりたい

スポーツトレーナーになりたい
総合学習コース1年/ランドールハニー心(天童市立第四中学校出身)

 私は幼い頃からいろいろなスポーツにチャレンジをしてきました。その中でも特に走ることが楽しく、いつしか本格的に陸上競技に取り組みはじめていました。しかしただ走る練習をしていただけだったので、ある日私は怪我をしてしまいました。原因は筋力不足と筋肉の柔軟性の不足でした。体をつくることの大切さを感じた私は、ジムに行ってみました。ジムにはトレーナーさんがいて、私にあったトレーニング法をわかりやすく丁寧に教えてくださいました。トレーニングはすべて一緒だと思っていた私にとって、競技に合ったトレーニング法があることは驚きであり、それを指導するトレーナーは憧れの職業になっていました。
 私が選手として感じたことや経験が、後にトレーナーになったときに役に立つことがあると思います。将来、選手の良きパートナーとなれるように、今は選手として精一杯競技に取リ組んでいきたいと思います。

システムエンジニアになりたい

システムエンジニアになりたい
特進コース2年/小椋史博(山形市立第一中学校出身)

 私の夢は最先端のロボット開発に携わることです。小さい頃からロボットを見るのが好きで、将来、自分しか思いつかないようなものを開発したいと思っていました。
 システムエンジニアはプログラマーとは異なります。クライアントが何を要求しており、このシステムで何を実現したいのかの打ち合わせから、システム全体図が記された仕様書の作成、どんなシステムにするかという基本設計、どんな機能があるプログラムにするかなどを行います。クライアントのニーズに応えられたシステムにするために、SEはコミュニケーション能力や幅広い知識が必要でしょう。
 私は特進コースに在籍し日々学習に励んでいます。将来、私が構築したシステムがロボットに搭載され、多くの人々の助けとなるように、今は様々な知識を貪欲に吸収し、クラスの仲間と夢に向かって前進したいと思っています。

医師になりたい

医師になりたい
特進コース2年/新田怜那(上山市立南中学校出身)

 私の将来の夢は医師になることです。きっかけは医師である私の父です。
 私がまだ幼かった頃で、家族で温泉に行ったときのことです。父と一緒にお風呂場に行くと、浴槽に浮いているお年寄りを発見しました。そんな状況に遭遇したら普通であれば気が動転してしまうのでしょうが、父は冷静かつ迅速に浴槽からそのお年寄りを引き上げ、直ちに心肺蘇生を行いました。その後、病院に運ばれ奇跡的に一命を取り留めたそうです。この光景を目の当たりにした私は、子どもながらに衝撃を受け、私も父のような医師になりたいと強く思ったのでした。
 高齢化が進む現代は、医療への需要がどんどん増えています。医師1人当たりの患者数が多すぎて、一人ひとりに十分な時間をかけられない医師もいると思います。そんな医師に不満を感じて病院から遠ざかってしまう患者もいるでしょう。私は身体の痛みや苦しみを治療するだけの医師ではなく、患者の気持ちに寄り添える医師になりたいと思います。一人でも多くの人を笑顔にできる医師になりたいと思います。

幼稚園教諭になりたい

幼稚園教諭になりたい
総合進学コース3年/安彦優衣(山形市立第十中学校出身)

 私は小学生の頃からずっと幼稚園教諭になることを夢見ていました。私の母が保育士ということもあり、普段から保育園での出来事を耳にする機会が多かったことや、ピアノの弾き語りをする母の姿が身近にあったことが、大きく影響していたかもしれません。けれども、それだけではなく、私が子どもを遊ばせたりお世話をしたりするのが好きで、子どもの笑顔を見ることが楽しくうれしかったことが何よりの理由だと思います。
 中学校のとき職場体験で保育園にいきました。そこでの活動は思い描いていたことと随分異なリ、ただ子どもが好きだということだけではできない職業だと感じました。けれども、幼稚園教諭は、子どものことを1番に考え、子どもの成長を見守り援助していく、とてもやりがいのある仕事だということもわかりました。
 今、夢に向かって具体的に何をすべきかがよくわかりません。しかし、私は中学・高校で吹奏楽部に在籍し、フルートを吹いてきました。ですから、今取り組んでいることを精一杯やることが、夢へ近づく道だと思って努力したいと思います。